中学の英語の授業で習ったWant to とHave to。それぞれの意味は皆さんもご存知の通りですが、この2つの英語の意味の違いにHRの観点から改めて触れる機会があるとは思っていませんでした。

新型コロナウィルスの感染拡大により、私達の働き方は大きく変わり、在宅勤務が一時的にでも認められた企業は激増しました。当初は感染拡大を防ぐ目的で導入された企業が大半でしたが、ここ最近は在宅勤務継続の理由が変化してきていると感じます。

コロナ禍で各企業は熾烈な人材獲得競争の中、優秀な人材を採用・維持する必要があります。人材不足の影響から、在宅勤務を継続することで、離職率を出来る限り低く抑える取り組みをされる企業も増えています。ですが、離職率はあらゆる手段を使ってでも低い方が絶対にいいのでしょうか?

離職率はあらゆる手段を使ってでも低い方が絶対にいいのか?

インターネットで「離職率」「高い」の2つのキーワードを組み合わせて検索すると

✔ブラック企業
✔給料が安い
✔ハラスメントが頻発

などネガティブな言葉ばかりが検索結果としてあがってきます。

このように離職率は高いよりも低い方がいいという感覚が多くの方にあると思います。というより、高いのは絶対にダメで、従業員の離職=悪。こんな構図ができてしまっているように感じます。実際に一定の離職率の維持をHR担当者の目標数値としている企業はありますし、離職率を低く抑えることによって得られるメリットを否定するつもりはありません。ですが、離職率という数字のみの検証では不十分だと感じていました。そんな時、ある記事を見つけました。

その記事のタイトルは「Why Employees Stay」読んで字の如く、従業員がなぜ企業に定着するのかについて考察されておりました。この記事はHarvard Business Reviewで1973年に公開されてから約50年が経過していますが、現代のHRにも通じる部分があり、マネジメントの根幹は揺るがらないものなのだなと感じます。

記事によると、企業の低い離職率は必ずしも、従業員の仕事への満足感の結果を示したり、企業の生産性の向上に繋がる類のものではないということです。では、なぜ従業員が働き続けるかという理由を一言でいうとInertia(慣性)に従っているから。
遥か昔に物理の授業で習った記憶が蘇りますが、Inertia(慣性)とは外力が働かなければ、物体はその運動状態を保つという性質で、従業員に言い換えれば、外力が働かなければ、企業に定着するということです。

Job Satisfactionと Environmental Pressure

そして、企業で外力を主に構成するのが、Job Satisfactionと Environmental Pressure です。Job Satisfactionとは仕事で成果を残すことで感じる達成感や周りからの仕事に対しての評価。また、責任範囲が増えることで、個人の成長に繋がることから得る満足感のことです。仕事に満足し、もっと業務に取り組みたいという気持ちが生まれるので、冒頭にご紹介した英語で言えば、Want to という感情です。
Environmental Pressureには給与、ベネフィット、経済的な義務、家族との関係などが含まれます。例え仕事に対してWant to の感情がないとしても、ご両親のケアや子供の学費の支払いがあるなど、会社で働き続ける必要がある状態(have to)です。

これらのバランスで従業員の心理状態が変わっていきます。

➀Job Satisfaction 低 Environmental Pressure 低
Want to も Have toもない。入社当初からこの状態の方は少ないが、どの従業員もこの状態になる可能性はある。何かのきっかけがあれば簡単に退職してしまう。

➁Job Satisfaction 低 Environmental Pressure 高
仕事への満足感はほぼない一方で、金銭面などで会社で働き続けなければならない理由がある。従業員同志の関係や生産性で問題を起こす可能性が高い状態。

➂Job Satisfaction 高 Environmental Pressure 低
企業からすると最も好ましい状態。Job Satisfactionが維持される限りはその理由のみで従業員の継続勤務が期待できる状況。ただ、Job Satisfactionが一時的にでも下がると、極端に退職率が上昇する。

➃Job Satisfaction 高 Environmental Pressure 高
4種類の状態の中で従業員の長期勤務が一番期待できる状態。Job Satisfactionが一時的に下がったとしても、Environmental Pressureがある為、会社にとどまる可能性は高いが、Job Satisfactionを長期的に下げるようなマネジメントを行うと、➁の状態になってしまう。

程度の違いはあれど、皆さんも上記4つのいずれかの状態にあると思います。同じ従業員であっても時期によって、外力が変わりますので、常に揺れ動いていきます。従業員の心の状態の把握と管理は簡単な作業ではありませんが、一つ言えることはEnvironmental Pressureに過度に頼ることなく、Job Satisfactionを上げることが良い結果に繋がる可能性が高いということです。

さいごに

冒頭の問いに戻りますと、離職率の高低は指標にはなるものの、それよりも重要なのはどのような状態の方が離職されたかということ。Job Satisfactionを向上させる取り組みを中心に適切な離職率を維持することが、熾烈な人材獲得競争が続く昨今の雇用主・HRに求められる従業員管理と言えそうです。

Maho Inaba
Maho Inaba 人事・人材サービス部門ディレクター